大仏鉄道探索RUN(幻の鉄道遺構をたずねて)

担          当             角田 裕信

開 催 日         2012年 11月 25日  (日曜日)

参加者数        12名 (女性2名、男性10名)

本日のリーダー    角田 (サブリーダー 和田・山本)

集合時間・場所     08:30    柏原市役所教育センター前

第二集合場所     10:30     JR奈良駅観光案内所(旧奈良駅舎)前

解散時間・場所     15:00     JR奈良駅

走行距離           約30km    中級向

所要時間           現地行動時間   4時間30分

 

image001大仏鉄道は、かつて関西(かんせい)鉄道 の一部であった加茂~大仏~奈良間の通称で、1898(明治31)年4月19日に開業され、 1907年(明治40)年8月21日に木津経由への経路変更に伴って廃止された。 たった9年間しか存在せず、資料もほとんど残っていない幻の路線である。
ここは、大仏駅跡。大仏観光のために奈良駅と区別し、駅が置かれた。

 

image002鹿川トンネル。黒髪山の急登緩和のため築堤が設けられ、そのために遮断される水路や人道確保のためにトンネル(正確には橋梁)が築かれた。
内部はレンガ積みで坑門は御影石と、この時代の典型的なデザインである。アーチ天端の要石が象徴的である。

image003松谷川トンネル。鹿川トンネル同様、築堤トンネルである。向こう側は新興住宅地で、内部は土で埋め戻されている。

image006赤橋。レンガ積みで大仏鉄道の代表的構造物。同じく築堤による構造物であるが、アーチ構造ではなく桁橋になっているのは、何らかの理由で大きな有効断面が必要であったためと思われる。
本来ならこの橋をくぐり、この先の梶ヶ谷トンネルまで美しい田園風景の中を走るこのコースのもっとも良いルートなのだが、残念なことに宅地造成工事のため、田園はおろか道さえもなくなっていた。近く、この赤橋も取り壊されるという噂も聞かれる。

 

image004梶ヶ谷トンネル。アーチ部は長手積みレン
ガ、基礎部は御影石。
赤橋と梶ヶ谷トンネルの上を走る市道下梅谷観音寺線は、かつての線路跡。想像力を思いっきり働かせると汽車が走って来る。
このトンネルの反対側は、宅地造成工事のため閉鎖されている。開発と破壊は背中合わせ。時代の流れとはいえ、悲しいことである。

 

image005鹿背山不動尊で昼食。筆者、渾身の手作り弁当。自家製豚バラ燻製(レタス添え)、ネギ入り卵焼き、焼き鮭、ホウレンソウのおひたし、オニギリ2個。
今の季節なら、前日に作っておいても大丈夫。グルメな店や手軽なコンビニ弁当も良いが、こんな楽しみ方も有り。
さぁ! お弁当持って、自転車遠足に出かけよう!!

鹿背山不動尊の紅葉。今年は暑さが長く続いたにもかかわらず、寒くなるのが早い。短い秋だったなぁ~。image009

本日、参加の面々。皆さんの颯爽としたレーシングジャージの中で、古典的ランドナースタイルの筆者。「みんな、泥除けの付いた自転車に乗ろうヨ」という意見は、あえなく却下。image008

鹿背山アバット。アバットとは橋台のこと。対して橋脚はピアと呼ぶ。
うっかり見過ごしそうなこの橋台は、「廃線跡を歩く(宮脇俊三著)」の表紙となった。image007

観音寺橋台。奥に見えるのは現役のJR関西線。ともに大仏鉄道開業当時のもの。新旧の共演である。
「ここのオススメ写真は、列車通過時、それも先頭車両」と、ネバるもタイムアップ。

 

ランプ小屋。明治30年築。レンガ造りの強靭さ。三匹の子豚の物語は正解。

image010宅地造成工事で一部壊されていたものの、以前の風景はそのままでした。
この後、奈良坂の奈良豆比古神社の樟の巨樹(パワースポット。樹齢千年以上で奈良県天然記念物。ここで出逢ったオバチャンに『木のパワーを感じるには直接触れるのではなく、少しずつ手を近づけていくと、指先にピリピリと感じるものがある。そこがその木が一番喜ぶ距離で、それ以上近づくと木が嫌がる』と教えていただきました)、かつて奈良ドリームランドと勘違いして、受付で入場券を買おうとした親子がいたという少年鑑別所(立派なレンガ造り。観光地ではないので静かに退散)に立ち寄りました。 観光の車で込み合う、奈良公園の横をすり抜け、無事、JR奈良駅へ到着。
風もなく、素晴らしいお天気の中、手前味噌ですが「これぞ、サイクリング」という1日を堪能することができました。
走行距離 : 約90㎞(柏原市役所スタート~ゴール)
文と写真 : <す>

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