「紀見峠越え高野口町、九度山町」満腹サイクリング

 

 ○参加人数        10名(うち女子0名、男子10名)
○開催日         平成31年3月16日(土)
○集合時間・場所    10:00  河内長野駅前
○解散時間・場所    16:10  河内長野駅前
○重点項目          春の紀見峠越えと紀ノ川を楽しみ、大石順教尼記念館を見学
○走行距離                 約58km
○コース          河内長野駅前~トトロ街道~紀見峠~高野口町~台湾美食裕福~旧萱野家・大石順教尼の記念館~紀見峠~河内長野駅前
本日のMCCランは、春の訪れを感じながら紀見峠越えと紀ノ川のランを楽しみ、台湾料理の醍醐味を堪能し、さらには大石順教尼の生き様を知ることで宗教のあるべき姿を学ぶランですが、当日は、空模様が怪しく、集合時間を9時から10時に伸ばしたものの、どんよりとした曇り空で、しかも気温は真冬並みで、少々厳しいランが予想された。出発時点での心配が杞憂に終わることを願って、写真撮影。
 
ところが、紀見峠の登り口に着いたところ、トンネル内での事故による火災発生でトンネルの通行が禁止されたため、我々の進むべき峠越えの道に車両が殺到し、峠までの道のほぼ半分は、泥まみれの側道を(自転車を押して)登らなければならなかった。やっとの思いで、峠に到着。なんとか、無事に峠まで達し、ほっと一息。紀見峠からの(橋本への)下りは車の通行も急激に減り、スムーズに。
紀ノ川の寒風に震えながら、空きっ腹を満たすという我々の一つの目的を達成すべく、ややスピードを上げ、高野口町の「台湾美食裕福」に向かった。量が多くて、美味で、しかも値段の安い品々の中で、唐揚げ定食を注文。その量の多さに驚きながら挑戦をしたものの、完食できず、唐揚げをドギーバックで持ち帰る。
次に向かったのは、旧萱野家・大石順教尼の記念館。大石順教尼は、もともと大阪で芸妓をしていたが、17歳の時にある惨事に巻き込まれ両腕を失った。その後、文字を覚え、国文学・和歌・日本画を勉強し、口で絵筆を用いて、作品を生み出していった。37歳で身体障害者の福祉相談を始め、真言宗のお寺で修行の後、45歳で出家した。これらを紹介するビデオを約15分間鑑賞。大きなハンディキャップを克服し、かつ自分と同じ障害を抱えた人たちを支えながら、尼僧として悟りを開いた、その生き様にはただただ驚くばかり。
当記念館を管理・運営されている方々からの説明を受けながら、大石順教尼の作品の数々を鑑賞。
 
当記念館の旧萱野家はもともと「高野山里坊」(里坊は山寺の僧などが人里につくっておく僧房)で江戸中期から後期まで続き、明治期に萱野家の所有建物となったが、平成21年に町が文化財の保存・保護のため譲り受けた。大石順教尼もかつての里坊だったこの旧萱野家にはたびたび訪れていた。その落ち着いたたたずまいの前で写真撮影。
旧萱野家記念館を後にして、紀見峠に一路邁進。いつものことながら橋本市内から延々と続く登りをヒーヒー言いながら、無事到着。帰りは、車の往来もほとんどなく快適に下ることもでき、トトロ街道も順調に走り、目的地の河内長野駅前に到着。行きは、雨の心配される曇り空に紀見峠までの数珠つなぎの車両に閉口しながら、一瞬中止も頭をよぎりましたが、紀見峠到着後は比較的スムーズに進み、楽しいランを味わうことができました。また、旧萱野家・大石順教尼の記念館では、希有な人生を歩んだ尼僧を通じて、宗教のあるべき姿を再認識できたようにも思いました。

コメントは受け付けていません。