与謝野晶子の歌碑等を巡るポタリング

 ○参加人数        5名(うち女子2名、男子3名)
○開催日         令和元年年12月10日(火)
○集合時間・場所    9:30  自転車博物館 東側
○解散時間・場所    15:00  自転車博物館 東側
○重点項目          晶子の生の言葉を聞きに行く
〇走行距離               約30km
〇コース       自転車博物館~けやき通り~堺女子短大~浅香山緑道~水野鍛錬所~(ひだまり庵でお昼)~開口神社~生家跡~堺駅西口広場~浜寺公園~大鳥大社~自転車博物館
  
堺で生活を始めて40余年、歌人与謝野晶子さんについては、歌集「みだれ髪」や詩「君死にたまふこと勿れ」などの作品で有名な歌人の一人だった。ふと発見した晶子さんの文学碑・ゆかりの地めぐりマップ、堺市内だけでこんなにたくさんあるんだ。これはひとつ自転車で巡ってみようと。まっ先に目についたのが、大仙公園に2基あること。それも目の前に, 「堺の津南蛮船の行き交へば春秋いかに入りまじりけむ」堺中央図書館前。もう1基は、日本庭園への途中、左側に天を指さすような形をした大きなものです。その言葉に、ふるさと堺への愛情がにじみます。
 
浅香山緑道で、「大和川 砂にわたせる板橋を 遠くおもえと 月見草咲く」 碑の前に作られた故郷の川には魚影が黒く見えます。隣にある浅香山配水場のタンクのほうに気持ちがいって、通り過ぎてしまいそうに。
大和川沿いから紀州街道に入ると、右手に水野鍛錬所が見えてくる。その玄関口左側に、美しい文字で「住の江や 和泉の街の七まちの 鍛冶の音きく 菜の花の路」。 鍛冶職人さんたちの仕事に対する気概が刃物型をした碑の表面にも脈々と・・・・。                                  右側の碑は次の映像の左側の碑の表面を拡大したものです。
晶子さんが生まれ育った町・甲斐町。生家跡に建てられた碑の前で 「海こひし潮の遠鳴りかぞへつつ少女となりし父母の家」。南海・阪堺線が通る大道の向こう側に晶子さんの生家・駿河屋の玄関口があったと居並ぶ石碑に記されています。歌碑は表側の歌が中心ですが、裏側や側面に刻まれた歌、絵、写真や文言に建立された人たちの思いも伝わってまいります。
開口神社の境内には、「少女(おとめ)たち開口の神の樟(くす)の木の若枝(わかえ)さすごとのびて行けかし」 左側の大きな石碑は、晶子さんの母校、泉陽高発祥の地の碑です。ほかに三国ヶ丘高校や堺市役所も、開口神社すごい役割を、さかいで担っていたとうかがえます。
南海本線・堺駅西口広場に立つブロンズの晶子さん。今までの中で最高に美しいとの声が。これだけの歌碑を巡り家族への愛、さかいに生まれ、育ってきた地域への愛が、私たちが日常的に使っている言葉と同期して、歌からにじみ出て心に染みてきました。晶子さんのファンにならずにはいられません。堺市に26基の歌碑などがあること、その訳が何かわかったような気がいたします。堺市内で残された歌碑は、花のころに巡ってみたいと思います。お楽しみに。

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